
ミクロン・ナノ・原子スケールの目に見えない微細な世界を可視化する装置が電子顕微鏡です。しかし電子顕微鏡は単なる拡大鏡ではなく、物質と電子線の物理的相互作用の知見に基づく様々な結像モードを駆使することにより、実に多様な物質構造の情報を得ることができる計測装置です。現代の電子顕微鏡の用途や計測対象は多岐にわたっており、それぞれの目的に応じた性能に特化した装置が最先端の研究では用いられています。
例えば、標準的な電子顕微鏡ではとても観察できない厚さ数μmの試料物質を観察するためには、世界で数台しか無い超高圧電子顕微鏡を用いる必要があります。このような分厚い試料の観察は、半導体デバイスや鉄鋼材料の性能向上に重要であるため産業界からのニーズが高く、また細胞などの生物組織の観察においても重要です。しかし、分厚い物質を観察した際にどのような電子顕微鏡像が観察されるのかについては、実はきちんと理論的に解明されていません。そのため観察結果の定量的な解析が妨げられ、観察可能な厚さ上限についても経験則的な理解にとどまっています。我々のセンターには世界最高加速電圧の超高圧電子顕微鏡と最新型の超高圧電子顕微鏡が設置されており、分厚い物質中での高エネルギー電子線の複雑な散乱過程について世界で最も充実した実験が可能です。当研究室ではそのような世界唯一の実験的研究と、その結果を足場とした理論的な基礎研究に取り組んでいます(研究テーマ1)。またそれによって得られた知見を生かした応用研究として、定量的な三次元観察法の開発研究にも取り組んでいます(研究テーマ2)。
上述の厚い物質に対する観察能力の他にも電子顕微鏡には様々な性能指標があり、最も一般的なものは原子を観察することのできる分解能です。電子顕微鏡で用いられるレンズは電磁石による磁場レンズですが、可視光を使った普通の顕微鏡で用いられるガラスのレンズに比べて精度が悪く、電子顕微鏡像の分解能の制約となってきました。この不完全性を補った収差補正電子顕微鏡が20年ほど前に開発されましたが、当研究室ではその結像論の基礎的研究とそれを生かした応用研究に取り組んできました。またその結像特性を生かした新規な三次元観察法の開発にも独自に取り組んでいます(研究テーマ3)。
さらに次世代の観察方法として、対物レンズによる結像そのものをやめてしまって、代わりに散乱パターンに基づいて計算機の中で結像する新しい手法を当研究室では独自に開発してきました。これによって先述のレンズによる制約を受けることなく、さらに高い分解能で原子を観察することが可能です。また量子力学では電子は波として扱われますが、この手法によって電子の波としての情報も計測することができるようになります。これを応用することで、通常の電子顕微鏡では観察できない半導体デバイス中のドーパント分布や、ナノスケールの電磁場を観察することに取り組んでいます(研究テーマ4)。